西川口 ゲストハウス のこんな書籍

生産要素の商品化によって、伝統的な生産共同体(農村・株仲間)に代わり、契約関係の下での「企業」「会社」が生産の主体になります。
生産物と同じように生産要素も自由に取引されるようになり、統一的な国内市場が形成されていきました。
そして有効活用が進みます。
しかし、「富国強兵」、「殖産興業」の国策もあって、国民経済急速に発展しましたが、一方で鉱害問題や、農村から出てきた女子労働者が劣悪な環境で酷使されるなどの社会問題も生じました。
士農工商の身分制度が取り払われたとともに、土地(農地)の所有・利用に関しても、「重畳的な所有関係」が解消されます。
一つの物(一筆の土地)には、一つの絶対的な権利(所有権)があって、それは原則として一人の人間(所有権者)に属するという、「一物・一権・一人」の近代的な所有関係に整理されていったのです。
このような近代的な所有権というのは同時に、物を「商品」として売買するための「商品所有権」でもあります。
「一物・一権・一人」の近代的な所有関係の下では、ある物を売買するのに、一人の人間から「所有権」を買い取りさえすれば、基本的にはすべてが片づきます。
また、商品所有権の本質である市場価値も、このような自由な売買の下で実現します。
明治維新によって、すべての土地が自由に売買できる「商品」となり、地券の交付によって土地の「所有権者」が確定しました。
この段階で「土地をどう国民の間に分けるのか?」という問顆に一応の区切りがつき、土地所有権の「ルーツ」が定まったといってよいでしょう。
敗戦とGHQの農地改革第二次世界大戦以前には、経済恐慌が起こるたびに、農産物の価格も暴落しました。
日本でも不況によって中小農民(自作農)が没落し、土地を失うという事態が度重なりました。
明治の初めに三〇パーセント程度であった小作地の割合は、自作農から小作農への転落によって、昭和初期(一九三〇年代)には五〇パーセント近くにまで膨らみます。
このような農村の荒廃は、日本が日中戦争へ突き進む一つの背景になったともいわれています。
満州国の建国(一九三二)などで大陸に新領土を求めた日本は、米英との衝突から第二次世界大戦に参戦(一九四一)し、やがて敗戦(一九四五)を迎えます。
敗戦後の日本は、米国を中心とした連合軍総司令部(GHQ)の占領下に置かれました。
GHQは、戦後の日本を「民主化」することによって、再び軍国主義が台頭することを防ごうとしました。
戦争遂行に関与した者に対する「公職追放」や、封建的な経済関係とみなされた「財閥」の解体などが行なわれます。
また、労働者の権利を守るために「労働三権」(団結権、団体交渉権、争議権)も保証されるようになりました。
土地をどう国民の間に分けるのか、という問題についても、封建的な小作制度の蔓延が軍国主義を助長したというGHQの主張に沿って、大規模・不在地主制の解体を目的とした「農地改革」が行なわれました。
二度にわたる農地改革において、不在地主のすべての小作地と在村地主の平均一町歩(北海道は四町歩)を超える小作地が、国家に強制的に買収されて小作人へ売り渡されました。
この改革によって、小作に出されていた土地の約八割が小作人に売り渡され、五〇パーセント近くあった小作地の割合は一〇パーセント以下に激減します。
「農地改革」は形式的には土地の売買でしたが、土地の買収価格が低く設定された上、地主への支払いは三〇年にわたる長期分割払いでした。
戦後の激烈なインフレーションもあり、結果的に土地はタダ同然で買い上げられ、革命的な「土地の配り直し」が行なわれたのです。
あなたの土地のルーツは戦後の農地改革以後は、土地を誰かから取り上げて誰かに与えるというようなことは一度も行なわれていません。
高度経済成長期には日本住宅公団による住宅供給や、住宅金融公庫の長期低利融資の持ち家政策が推進されました。
またオイルショックやバブル経済期の急激な地価上昇に際して、様々な金融財政政策や税制改正が行なわれ、土地取引を規制する法律も制定されました。
しかしながらこれらは、土地の「配り直し」でません。
日本における近代的な土地所有の「ルーツ」は、まず明治維新における地券の交付です。
もう一つの土地所有のルーツは、GHQによる農地改革です。
この革命的な「土地の配り直し」は、新たに二五〇万人の自作農を「創設」しました。
当時の約一五〇〇万世帯のおよそ六分の一に、新たに土地が分配されたのです。
はたしてこのような時代に、あなたの祖先は土地の「所有権」を手に入れたのでしょうか。
土地所有のルーツを探る現在、自分の土地を持っている人が、これらの「ルーツ」に直接当てはまらない場合は、それはあなたの祖先が「商品」として売りに出された他人の土地を、市場で買って手に入れたものなのです。
そして家族(親族)内の相続によって、連綿と受け継がれてきたものでした。
戦後における土地所有音数の増加日本の土地所有者数は、戦後の復興期を経て大幅に増加しました。
終戦直後の外地からの復員、ベビーブームによる人口の増加、そして高度経済成長期にかけて世帯数が急増します。
この時期の世帯数の増加は、都市部への人口集中によるものでした。
この過程で、政府の持ち家政策の支援もあって、自宅敷地としての土地所有者が増えました。
また高度経済成長期には、「土地は、絶対値下がりしない」「持っていれば必ず儲かる有利な資産」という「土地神話」が生まれたのです。
住宅に関する戦後初の調査(一九四八)では、普通世帯数は一五四七万世帯で居住世帯のある住宅総数は一三八五万戸でした。
当時は、世帯数より住宅戸数の方が一六二万戸も少なく、多くの世帯が同居生活をしていました。
住宅総数が初めて総世帯数を超えたのは、一九六八年の調査の時でした。
この時の持ち家数は一四五九万戸で、終戦直後から高度経済成長期にかけての二〇年間で約一・六倍に増加しています。
二〇〇八年度に行なわれた調査では、居住世帯のある住宅総数四九六〇万戸、持ち家数三〇三三万戸です。
この四〇年間で持ち家の数は、約二・一倍に増えています。
もう一度、土地を配り直しますか国勢調査で戦後(一九五〇から二〇〇五)の人口と世帯数の推移を見てみますと、人口は約一・五倍、世帯数は三倍弱の増加で、一世帯当たり人員は半減しています。
住宅・土地統計調査(一九四八から二〇〇八)では、この間ほぼ一貫して世帯数に対する持ち家の割合は六〇パーセント程度で、極めて安定して推移してきました。
高度経済成長期からバブル崩壊後のマンションブームに至るまで、多くの人々が所帯を工第二章土地所有のルーツ、はじめは借家住まいで、世帯主の年齢が上がるとともに持ち家の夢をかなえ、老後は住宅ローンの返済も終えて安泰に自宅で過ごすという人生を目指してきました。
最新の住宅・土地統計調査で年齢階層別の世帯数、持ち家数、持ち家率を見てみますと、二〇歳代後半から三〇歳代にかけて急速に持ち家率が上がり、六〇歳前後で八〇パーセントに達した後、横ばいになります。
「団塊の世代」の加齢や高齢者の長寿化によって、人口・世帯数の年齢別構成は大きく変化していますが、持ち家率のカーブは比較的安定しています。
家計単位で見る時、約八割の人が世帯として独立した後に六〇歳くらいまでに自宅を手に入れ、約二割の人々が生涯を借家住まいで過ごしています。
一四〇ページの図は、現在居住している住宅の取得先を、取得の時期別に表しています。
これによると約三〇〇〇万戸の持ち家のうち、取得先のわかっているものは相続・贈与が約七〇〇万戸、個人からの購入が約九〇〇万戸、法人などからの購入が約一〇〇〇万戸です。

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